ROMANTIC NOTE / NOTE 002
ネオンの数だけドラマがある。
新潟駅前の夜は、少し湿っている。
雨が降っていなくても、どこかに水分がある。日本海から来る風なのか、信濃川のほうから流れてくる冷たさなのか、あるいは一日働いた人たちの疲れが、街の空気にうっすら溶けているのかもしれない。
友達と飲んだ帰り、駅前の歩道にしばらく立っていた。
店を出たあと、まっすぐ帰るには少しもったいない夜がある。かといって、もう一軒行くほど元気でもない。酔いと眠気と、まだ帰りたくない気持ちが、ちょうど同じくらいの重さで体の中にある。
新潟駅前のネオンは、東京のそれみたいに人を黙らせるほど強くない。
居酒屋の看板。カラオケの明かり。ラーメン屋の赤い文字。代行の車のハザード。タクシー乗り場の小さなランプ。どれも少しずつ光っていて、少しずつ足りない。その足りなさが、地方都市の夜にはよく似合う。
明るすぎないから、人の輪郭が見える。
駅へ向かう人、駅から出てくる人、電話をしながら歩く人、コンビニの前で水を持ったまま立っている人。みんな別々の方向を向いているのに、同じ夜の中にいる。誰も主役みたいな顔はしていない。でも、誰かの人生の中では、今日が少しだけ大事な日だったかもしれない。
そう思うと、駅前の光が少し違って見えた。
友達と飲んだ店では、たいした話をしていない。
仕事の話を少しして、昔の話を少しして、最近体力が落ちたという話を、まだ笑えるくらいの温度でしていた。テーブルには刺身と唐揚げと、誰が頼んだのかわからないポテトがあった。新潟の居酒屋で食べる刺身は、なんとなくこちらを甘やかしてくる。こういう街に住んでいてよかった、と大げさではなく思わせる力がある。
でも、飲み会そのものより、帰り道のほうが残ることがある。
友達がそれぞれの方向に帰っていく後ろ姿。
湿ったアスファルトに伸びる看板の色。
風に少しだけ揺れるのぼり。
店の外に積まれたビールケース。
さっきまで笑っていた人たちが、急にそれぞれの生活に戻っていく感じ。
夜の街は、解散したあとに本当の顔を見せる。
駅前を行き交う人たちを眺めていると、知らない人のことを少しだけ知っているような気分になる。もちろん、何も知らない。名前も、仕事も、どこに帰るのかも知らない。だけど、同じ時間に同じ駅前にいるだけで、少しだけ同じ船に乗っているような気がする。
地方都市には、そういう近さがある。
完全な他人になりきれない。
でも、踏み込みすぎることもない。
もしかしたら、あの人は知り合いの知り合いかもしれない。どこかの店で隣の席になったことがあるかもしれない。同じ雪の日に、同じ渋滞の中で同じようにため息をついていたかもしれない。
新潟は、街が大きすぎない。
だから夜が少し人間くさい。
東京の夜なら、ひとりひとりの事情は光の量に紛れてしまう。新宿でも渋谷でも、誰かのドラマは街の大きさに吸い込まれていく。でも新潟駅前では、ドラマがもう少し小さいまま残っている。
終電を気にする足取り。
タクシーを待つ背中。
代行の人に車の場所を説明する手ぶり。
コンビニの袋を下げて、少し遠回りしているように見える人。
誰かと別れたあと、急に無表情になる横顔。
どれも、こちらには関係のないことだ。
でも、関係のないことを眺めながら、自分の夜のことも少しわかる気がする。僕らもたぶん、誰かから見ればただの酔っぱらいだった。駅前で少し立ち止まって、何かを話しているようで、実は何も大事なことは話していない人たち。
それでも、こちら側にはこちら側の一晩がある。
久しぶりに友達と飲めたこと。
昔ほど無茶はできなくなったこと。
でも、まだくだらないことで笑えること。
生活は少しずつ変わっているのに、駅前の夜に集まると、変わっていない部分もちゃんと残っていること。
それは、とても小さい。
小さいけれど、なくなると困る。
ネオンの数だけドラマがある。
そういう言葉は、少し大げさに聞こえる。でも、夜の駅前に立っていると、本当にそうかもしれないと思う。派手な出来事のことではない。恋が始まるとか、人生が変わるとか、そんなわかりやすいドラマばかりではない。
たとえば、今日は少しだけよく働いた。
たとえば、言いたいことを言わずに帰った。
たとえば、友達と飲んで少し救われた。
たとえば、家に帰る前に、もう少しだけ街の明かりを見ていたかった。
その程度のことにも、ちゃんと一晩ぶんの重さがある。
ロマンチックというのは、たぶんそういうことだ。
特別な場所や、特別な誰かだけに宿るものではない。湿った歩道に反射する看板の色や、友達と別れたあとの少しの静けさや、知らない人の背中に勝手に想像してしまう人生のこと。誰にも説明されないまま、こちらの中にだけ残る小さな光のこと。
新潟駅前の夜は、今日も少しだけ明るい。
明るすぎず、暗すぎず、ちょうど人が自分の生活を持って帰れるくらいの明るさで光っている。
友達はもう、それぞれの家に帰った。
僕もそろそろ帰ればいい。
それでも最後にもう一度だけ、駅前のネオンを見た。
あの光の下を、名前も知らない人たちが通り過ぎていく。
それぞれの事情を持って、それぞれの明日に戻っていく。
僕らの夜も、その中のひとつだった。
誰かに話すほどではない。
写真に撮るほどでもない。
でも、たしかに少しだけ、ドラマだった。